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対話がひらく未来…「第五回 稲葉 俊郎・小松 富美男・干川 望」

更新日:2022年08月29日

院長会長

干川さん

2022.7.15 軽井沢病院 応接室にて対談

参加者:一般社団法人 小諸北佐久薬剤師会 会長 小松 富美男 氏

    株式会社シンビ堂医薬 代表取締役 干川 望 氏

    軽井沢病院長 稲葉 俊郎

 

稲葉:医療業界はかなり広範な職務の方々が関わっていますが、あまりどういう役割の方々が支えているのかは知られていません。例えば薬剤師の方の仕事も、薬局や病院で仕事以外に、色々な役割があると思います。医療も1人のスーパースターが行っているのではなく、数多くの人が有機的なチームとして動かないと、うまく機能しません。医療は色々な部門や役割の支えで成立していることを理解していただきたいなと思いました。
まず薬剤師の方々がどのようなお仕事をされているのかをお聞きしたいと思います。二つ目としては、今後の医療体制のことをお聞きしたいと思います。医師の時間外労働規制が問題視され、2024年4月から「医師の働き方改革」が法制化されます。勤務医の40%が過労死レベルの勤務時間になっているのですが、その原因は少人数の医師で多くの病院が当直業務を続けて連続勤務を余儀なくされている点です。そうした中で、救急医療や当直の体制を役割分担しながら、医療従事者の労働環境を守ることが2024年4月から本格的に動き出します。戦後変わらなかった医療の制度も、現在の私たちのライフスタイルにあわなくなっているのは当然のことで、そうした動きは医療体制も新しく創り直す時期に来ているとも思います。地域の病院だけではなく、地域の薬局も、もっと大きな役割を担うようになるかもしれません。そうした未来の医療体制のイメージも伺いたいなと思っています。軽井沢病院でも「おくすりてちょう」を独自に作る中で、「くすり」を新たに考え直すいいきっかけにできればと考えていました。この辺りに関して、ぜひ色々なお考えを伺えれればと思います。よろしくお願いします。


干川:薬剤師や薬局の仕事として、まずは病院から受け取る処方箋を通じてお薬を提供する立場にあるということが一番大きな役割ですね。そして、お薬の受け渡しを通じて、患者さん達とコミュニケーションを取ることも重要な仕事です。薬局の立場としては、普段の生活に近いことが大事で、生活の一部としてお薬が欠かせない方のサポートが大事ですね。世間話も含めて、信頼関係を作っていくことが大切です。移住して来た方の心理的なサポート役にもなりたいとも思います。以前に比べたら、実際にお家に出向いてお薬の管理をさせていただく機会も増えましたね。在宅患者訪問薬剤管理指導という名前です。

干川さん

株式会社シンビ堂医薬 代表取締役 干川 望 氏

 

稲葉:実際はどういう方が対象になるんですか。


干川:通院が困難な方に対して、処方医の指示に基づいて、薬歴管理、服薬指導、服薬支援、薬剤の服薬状況・保管状況及び残薬の有無の確認などを行い、訪問結果を医師に報告することまでも含みます。要介護認定を受けている方では、ケアマネジャーにも情報提供します。薬が自分で整理しきれなくなったり、実際に薬をしっかり飲めなくなっているような方が対象です。具体的に言うと、カレンダーにセットして、定期的に見に行きながら、どれだけ飲めているか、体調変化も含めて医師やケアマネージャーさんと情報を共有して連携しています。

 

稲葉:お家に直接行くことで、何か改めて感じられることはありますか?

 

干川:そうですね。例えばダンボール箱に飲んでいない薬が順番に重なっていたりする風景を見ると驚きますよね。下の方を探してみると、いつの時期の処方か分からない薬が大量に溜まっていたり。あと、自己注射が大量に溜まっているケースも時に見ますね。やはり注射は自分でやるのが実際には難しい、というケースも多いみたいです。お家で飲んでいない薬を大量に見つけた時は残念ですが、何か私たちにできることないかなと考えます。

 

稲葉:そうですね。注射を自分だけで管理するのは、やはり一人だけでは難しいかもしれませんね。

 

干川:冷蔵庫の中に使いかけのものも含めて大量に入っていたりして、まず整理や掃除から始まりますね。医師やケアマネージャーさんと情報を共有しながら、どうすればいいのかをみんなで考えていきます。処方を変える場合もあれば、処方の量を減らすことでうまくできるようになったケースもありますね。

 

稲葉:医師の側も、処方した薬はすべて飲んでいる前提で考えている場合もあり、例えば血圧が下がらないなら、もう一種類追加しようと考え、それでも下がらければさらに増やそう、と考えてしまう。でも、実際はそもそも内服していないというケースもあるわけですよね。わたしも在宅医療に携わっているので、病院の顔と自宅の顔が違うこともよくわかっていますし、その人が自宅でどういう生活をしているのかを想像してみることが大事だということを痛感しています。やはり、医師も在宅医療に関わることで、自宅での様子を見ることはとても勉強になると思いますね。

 

干川:今までは患者さんからしか情報が得られなくて、患者さんの言うことを信じるしかなかったわけです。でも、実際には薬の名前を全て覚えてる方や、自分の飲んでいるお薬を全て把握できている方は稀なんですよね。ご自宅に行くと実際のところがよく分かります。最近は、介護や福祉の方を含めて、色々な方から相談を受けることもあり、ちょっとずつ連携が出来てきているのかなと思うときもありますね。

 

稲葉:病院では患者さんもお客さんの感じになってしまいますが、自宅だとその人が主人ですので、その人が中心の暮らしが見えますよね。わたしたちが思っている理想条件と、実際の生活との違いは、病院の中だけだと正直分からないところが多いですね。

 

干川:若い薬剤師でも、そうした在宅での活動に興味を持っている人も増えてきているように思いますね。ただ薬局で待っているだけでは駄目で、しっかり相手と向かい合おっていこうと思っている若い薬剤師は多く、それも薬学部の教育での影響なのかもしれないなと思う時がありますね。

 

稲葉:若い医師の傾向でも同じだと思います。新しい世代は専門医志向は少なくて、家庭医、プライマリケアと言われるような、浅く広く診ることができる分野を最初から目指す医師が多い印象があります。家庭医自体がひとつの専門になっているんですね。そうした動きは、病院という特殊な環境での限定的な医療の限界を感じているということかもしれませんが。

オンラインを利用することでもっと自由度を

干川:在宅医療では、ターミナルケアや緩和ケアでの薬剤師の役割も重要かと思います。あと、やはり新型コロナウイルス流行の初期には、患者さんの受診自体がかなり少なくなりました。薬局の薬剤師も、感染対策をしっかり行いながらも、地域の人々としっかりつながっていく、という意味では病院の苦労と同じような課題を抱えていると思います。新型コロナの治療薬に関しても、対面なしでお家のポストにお届けするケースや電話で服薬指導を行うケースもありますね。他にも、オンライン服薬指導なども新しい動きだと思います。

 

稲葉:オンラインというのはパソコン経由ではなく、電話も含まれるものですか?

 

干川:はい、オンラインといっても、今はやはり電話で行う服薬指導が中心ですね。ご高齢の方も含めて、やはり携帯端末やパソコンはハードルが高いです。でも、そういうオンラインのサポートをする業者さんも出てきているように思いますし、いずれそうした方向も活発になっていくように思います。

 

稲葉:わたしも、オンライン診療が救急医療でもっと緩和されるといいなと常々思っています。今は誰でもスマホを使って動画を撮影できる時代ですよね。例えば、救急隊の方が現場に到着した時、そこから動画でリアルタイムにオンラインでつなぎながら、救急の医師が適切な初期判断をしながら、搬送先を送る決定もオンラインでしていけばいいと思うんです。例えば、動画で見る限り脳梗塞の可能性が高いので、最初からこの病院に送ろう、というようなことです。オンライン体制がそうした形で整うことで、医療界は大きく変わるだろうと思っています。現状では、オンライン診療って言っても制限が強く限定的です。こうした時代の中で、もう一歩先に踏み込んで進んでいければいいなと思っています。
 

干川:医師の働き方改革にもつながりますよね。医師が必ずその場に居なくてはいけない、という発想ではなくて、オンラインを利用することでもっと自由度を高めていくことにつながりますよね。
 

稲葉:そうなんですよね。地域の小さい病院に全科の先生がいるのは非現実的で、むしろオンラインで質問できる医師がいることが、医師にとっても患者さんにとっても安心につながり、質の向上にもつながるのかなと思います。そうした考え方が変わると、医師や薬剤師の働き方を含め、医療体制が大幅に変わると思います。スマホを含めたデジタルデバイスで、簡単にみんなが動画を撮影したり見ることができて、そのデータをアップロードして簡単に共有できる。こうした社会状況の変化に医療の制度が全然追いついていないのが現状です。情報共有を瞬間的に同時にできるという意味では、医療の分野に応用すれば、大きな変化が起きると思います。

デジタル端末をいかに有効に利用できるかは大きなポイントに

小松:電子カルテを最初に導入するときはすごく反対が大きかったですね。でも、実際には今は大きな恩恵を受けています。情報を共有する、という意味で、デジタル端末をいかに有効に利用できるかは大きなポイントになりますよね。情報を共有するために文字で文書化するのではなくて、映像や動画で一目で伝える。これが実現すれば大きく現場は変わりますね。これから電子処方箋なども出てきますから、もっと簡略化されるでしょうね。

コマツ会長

一般社団法人 小諸北佐久薬剤師会 会長 小松 富美男 氏

 

稲葉:電子処方箋はどういうものなんですか?紙に印刷して印鑑を押す、ということをしなくても良いんですかね。
 

小松:紙に印刷しなくていいんです。オンラインを経由して、今プリンターで印刷しているものと同じデータがそのまま薬局のパソコンで印刷できるというものですね。
 

稲葉:明らかにその方が効率的ですね。なぜそんな簡単なことが実現されて行かないんだろうとさえ思いますね。やはり紙にして印鑑を押して、という慣習に縛られ過ぎているんでしょうね。
 

小松:処方箋が直接薬局に来ることで、患者さんがどの薬局でもらっているのかなど、そういうつながりも医師も薬剤師も明確に分かるようになりますし。今は、処方箋をどこに持っていくのか、それは後で聞かないと分からないシステムになっています。むしろ、もらう薬局が分かっていれば、情報の共有も漏れがないですね。
 

稲葉:病院と薬局を直接ネットワークでつなぐことは早く実現させたいですよね。結局、処方箋も含め、患者さんのデータは誰の物か、それは病院のものなのか、患者さん本人のものか、というところに戻るんですよね。
 

干川:すべて患者さんのものなんですけどね。
 

稲葉:はい。わたしも当然本人のデータは本人のものだと思います。ただ、今は当事者のデータは病院のもの、になっているんですよね。CTやMRI、血液検査、薬歴を含めて、そのデータは病院が所有していて、本人がそのデータを所有していない、というのが根本的に変だなと思うんです。例えば、国内でも国外でも引っ越すとき、病院のデータをすべて動かす、というのは本当に大変なんですね。今は患者さんのデータを受診した病院が所有していますから。CD-Rにデータを落として、持って行って、またそのデータを次の病院のデータベースに取り込んでいく、というのはかなり手間がかかり大変な作業になるんですね。そうではなく、個人個人が自分の医療データをクラウドのようなところに保存し、その人が移動場所でクラウドからデータをダウンロードして適時使えばいいだろうと思うんです。そうすれば、国内に限らず、海外でもデータのやり取りは簡単になります。自分自身のデータですから自分が一番大切に扱うでしょうし。「お薬手帳」での薬のデータのやり取りも、同じような発想で考えれば自然なのになと、現場でいつも思います。

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干川:マイナンバーカードと医療データを紐づけしていこうと言う考えは進めようとしてはいますが、実際はなかなか進んでいないですね。
 

小松:マイナンバーカードに、処方の内容や病名、会計なども残るというデータベースです。検査にかかった費用も残るので、検査内容はデータになります。検査結果まではそこに含まれないかもしれません。とりあえず、お薬に関しては処方箋があり、どんな薬が出ているか、までは紐づけされています。CTやMRI含めた検査データもさらに紐付けされていけば、本人の医療データがすべて一元化されるのだと思いますが、それはまだ先だと思います。クラウドのような場所にデータが格納されていて、個人でデータをダウンロード出来ればいいですよね。いまのころ、データを管理しているサーバーは支払基金(社会保険診療報酬支払基金)や国保連(国民健康保険団体連合会)ですね。今はお金の支払いに関するデータだけですが、そこに検査データがまとめて入れば、もっと本質的な個人の医療情報になると思いますね。
 

稲葉:方向としてはいいですよね。ただ、本質的な問題点は、医療データは病院のものではなく、患者さんのものであって、その人が責任持って管理し、医療機関が共有していくという発想が大事かと思います。要は患者さん目線、ユーザー目線のあり方ですね。そこに切り替わらないと、今までは病院の管理目線で全てが進んできた印象があります。本人が処方内容や病名を何も知らないというのはやはりおかしいなと思いますし。
 

小松:その手段として、お薬手帳も生れて来たと思うんですね。処方内容がお互いに分かるような仕組みですね。ただ、最初はなかなか持って来ていただけない、という状況も続きました。薬の名前や副作用だけではなくて、検査内容や病名など、他にもあらゆる医療データがありますので、何かに記載されて持ち歩けるといいだろう、という発想は、お薬手帳の根本にあって生まれたと思います。
 

稲葉:私も、お薬手帳には関心があったんです。というのも、病院と薬局と患者さんの間を行き来している数少ないものの一つがお薬手帳なんですね。お金のように巡り巡っていく存在に興味を持っていました。そうして人と人との間を行き来するものだからこそ、もっと美しいものであればいいな、と思っていました。美しい美術品が人の間を「くすり」として流通するのは素敵だな、という発想が最初の入り口だったんです。そのとき、よくよく考えて思ったのですが、「くすり(薬)」は、わたしの中では錠剤などに限定しているわけではなくて、周りの優しい言葉や思いやりの気持ちなど、そうしたものすべてが「くすり」だと思っていたので、そういう広い概念の「くすり」も受け止めることができるプラットフォームがあればいいなと思っていたんですよね。ただ、今のお話を聞いていて、そんな「おくすりてちょう」が電子化されるとどういうものが良いのかな、ということも色々と空想しました。
 

干川:そうですよね。通常のお薬手帳が電子化されるだけでも便利になる可能性がありますが、軽井沢病院で活動されている「おくすりてちょう」の場合はどういうものになるのか、そうしたことを考えると想像が膨らみますね。

「くすりのメモ」としてメモ帳代わりに使ってほしいなと思っています

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稲葉:電子化されたお薬手帳は、その人にとって元気になる美しい何かが電子媒体となってデータ化されていて、生活する中で「くすり」も日々変化していくとすると、どういうものがその人の「くすり」となりうるのかな、と、具体的な人の顔を思い出しながら、考えてしまいますね。
 

干川:通常のお薬手帳自体も、今は持参していただける方がかなり増えていて、それだけでもわたしたちもすごく助かっていますね。もちろん、ご本人も自分が何の薬を飲んでいるのかを理解する助けにもなっていると思います。少しでもご自分のお薬に興味や関心を持っていただけるのではないかと思います。患者さんと一緒に共有するということがすごく重要なんじゃないかなと。
 

稲葉:軽井沢病院でつくった「おくすりてちょう」も、薬を処方されていない人でも、「くすりのメモ」としてメモ帳代わりに使ってほしいなと思っています。
 

干川:社会の中で色々な問題がある中で、いのちにとっても重要な問題を医療の枠内だけで抱え込んでしまう傾向にあって、そういう厚い壁を医療の世界からは感じますね。医療業界だけで固まってしまうのではなく、町民の方々ともっと同じ地平に立って一緒に混ざり合いながら考える必要があるだろうな、というのは強く感じています。
 

稲葉:おっしゃる通りだと思います。いのちの問題を、医療の枠内だけで解決するのではなく、生活という広い文脈の中で考えていくことが大切だと思います。日々生きていくことは生活そのものですからね。私たちが財布やスマホを持って移動するときに、お守りや「おくすりてちょう」のような、何かしら深い「いのち」に関わるものが生活に溶け込んでいけばいいなと思います。そうした携帯物も丸ごと含めて「くすり」と考えられるようなものです。そうした些細な所有物が、お互いを気遣いあったり、お互い愛語をかけあう習慣のようなものにつながるのではないかと思うのですね。
 

干川:電子版のお薬手帳が少し前から出てきていることをご存知ですか。日本薬剤師会が出している「eお薬手帳」(https://www.nichiyaku.or.jp/e-okusuri/)というものです。スマホで使えるアプリなんです。ただ、これは患者さんの携帯を一度お預かりして、こちらが画面をスクロールしてチェックする必要があって、なかなかハードルが高いんですね。
 

稲葉:アプリができているのは知りませんでしたが、やはり、薬局や誰かが管理する、という考えの延長線上にあると、やはり本人が主体的になるアプリになりにくいような気がしますね。ちょっと話がずれますが、NHK出版から『からだとこころの健康学』という本を2019年に出しました。これは、わたしが医学部の学生時代に考えていたテーマを20年越しに考えて書いた本なのです。医学部の授業で学んでいる内容に対して、こうした勉強だけで一人前の医師になれるのかな、と違和感があったんですね。でも、その違和感の正体が言語化せずにずっと困っていたんです。わたしはもっと重要な何かを学びたくて医学部に入ったはずだ、と。医師になって大学病院で勤務してもその違和感はぬぐえず、やっと言葉にできたのが、「自分は人間が健康であるとはどういうことかを知りたかったんだ」ということです。つまり、「病気学」だけではなく、「健康学」を学びたかったのだ、ということなんですね。「医者の不養生」と言われるように、医者自身が、自分が健康である重要性を軽視しているのかもしれないと思いました。病気の事は詳しくても、健康のことはあまり知らない。そのことに医学生時代の自分は違和感を感じていたんです。「健康とは」と考えると、やはり「自分が決める」というステップが大事なんですね。仮にでも健康を仮定して、トライアンドエラーの中で自分なりの健康法や自己治療を確立していく。誰かに自分の健康を決められるものではないと思うのです。多分、そうしたそもそもの根本の発想の違いのようなものが、今のような話にもつながっているのではないかと思うんですよね。医療業界のプロが体を管理する、のではなく、自分で自分の体をケアしながら、そのサポートをプロの医療者がしていく。主体や主語がどこにあるのか、というのが大事な点だと思うのですね。それがお薬手帳の思想や哲学にも影響してきます。誰かにお任せ、となると、当事者は何も考えない、何か異変が起きたら他人のせい、という構造が自然にできてしまうんですよね。わたしはそうした見えざる構造自体に、違和感を感じていたところはあります。健康は本人が決めるもので、自力と他力が合わさったところに医療の本道はあるのではないかと。

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小松:どうしても、患者さん目線ではなくて、作る側目線になってしまうところはありますね。そうなると、結局はうまくいかない、ということも多くて。
 

稲葉:管理しやすいように、という管理型の発想でつくると、その見えざる哲学が影響しますよね。患者さんが自分自身の体の当事者ではなくお客さんのようになると、それは体だけではなく、心の問題や、いのちの問題にも波及するように思えるんですよね。当事者不在になってしまう、と言いますか。
 

小松:周りが押し売りしているような構造ではよくないのでしょうね。薬が大量に余っている光景も、似たようなことを感じました。本当の意味で薬の必要性を理解しないままだと、薬だけが無意味にただ溢れてしまいます。例えば、痛みのような自覚症状がある場合は、患者さんも自分のために一生懸命薬を飲もうとします。ただ、明らかな自覚症状がない方の場合は、やはり実感が持てないところがあるのでしょうね。
 

稲葉:そうですね。体に対するリアリティを感じられない面もあると思います。特に内臓世界は体の奥深くで、肉眼では誰も見たことがない世界で実感に薄いです。データで異常があると言われるだけだと、自分自身の体の異変にもリアリティを感じにくい場面は多いと思います。今日飲まなくても何も困らない、ということが日々重なっていくと、長期的には大きな異変につながってしまいますね。
 

干川:以前は、薬局の窓口でお渡して終わり、という状況でしたが、薬局の対応も改善していく中でその後の内服状況を追跡出来るようになってきたのはいい事だと思っています。お薬手帳の電子化も、もっと当事者がアクセスしやすくなったり親しみやすくなったりするものになればいいですね。そうなれば、医療機関と薬局だけではなく福祉の方とも連携が進みやすいでしょうし。

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稲葉:こうしてインターネットのつながりの中で、情報が共有化されていく時代の中で、病院だけではなく、薬局や福祉、教育など、共通のプラットフォームができていけば、多様な視点が入りますしね。お薬に関して、ちょっと話は変わりますが、わたしは東洋医学にも学生時代から関心があるのですが、薬剤師の方は漢方などの処方はどのように捉えているのでしょうか。
 

干川:処方箋でも漢方薬の処方はかなり受けます。今はとても一般的だと思います。
 

小松:色々な人が一生懸命に勉強していますよね。漢方も含めて東洋医学の考え方は、病気を見るのではなくて、人間の体全体や、その人全体を見ようとする視点がありますよね。体の視点がそもそも違います。個人の健康をどう考えるのか、ということも根本的な考え方が違うと思います。わたしも学生の時にあまり勉強をしてこなかったので、今改めて勉強しなおしているようなところがありますね。
 

稲葉:もちろんわたしも勉強中の身です。医学部の学生時代も東洋医学の授業自体がありませんでしたし、医師も独学だと思います。相手との対話の中で、実際の投与量や配合を個別に決めて行く、マニュアル化できない世界ですよね。軽井沢はとても自然豊かですよね。こうした植物の多い場所は、東洋医学で言う本草学、植物学のような視点はとても肌にあいます。この植物が持つ力を人間の治癒力にも分けていただこうという発想から、漢方のような植物を煎じて飲む発想も生まれてきているのだな、と改めて思います。植物の葉を煎じて飲んでみよう、この実は体にいいのだろうか、という果てしないトライアンドエラーの実験の中で、本草学や薬理学が生まれてきたと考えると、先人たちはすごいなと改めて思います。お茶やハーブティーを飲んで心身がリラックスする、体が心地よい、こうしたシンプルな感覚が薬の原点なんでしょうね。

自然

小松:薬剤師にもそうした植物の世界が好きな方はいます。薬草専門という方もいますし、長野県の施設で、菅平に「長野県薬剤師会 薬草の森りんどう 菅平薬草栽培試験地」というのがあるのをご存知ですか。江戸時代に上田藩で薬草を栽培していたとされる薬草ゆかりの土地で、主に長野県の気候・環境に適した薬用植物の栽培研究をしているほか、いろいろな薬草のイベントもしています。ここで薬草を育てている専門的な人もいますね。長野は薬草がいっぱいある土地だと思いますよ。
 

稲葉:薬草は誰もが薬に対して当事者意識を持つきっかけになりますよね。
 

小松:昔はそうしたことに熱心な方が多かったですね。軽井沢にも軽井沢町植物園がありますし、以前、そこに薬草の専門の方を呼んで勉強会をしたことがありますが、そのときは色んな方が集まって来て驚きましたね。こんなにも興味を持っている人がいるんだなぁ、と。この薬草は何に効くとかご存じの方も多くて、高齢の方の話では、昔はこれで病気を治したんだ、とか聞きましたね。
 

稲葉:軽井沢病院で独自の「おくすりてちょう」を作ったきっかけの一つに、医療と芸術と福祉の人が上下関係無く、対等に出会える場所を作りたいという思いもありました。そういう意味では、植物の世界は、医師や薬剤師などの医療業界の人と一般の人とが対等に出会えるフィールドなのかなという風にも思います。軽井沢植物園で、薬草をテーマにしてみんなで探したり観察したりして、薬を煎じる工程を野外でやってみるとか、そうしたことをできると楽しそうですね。
 

小松:30年くらい前かもしれませんが、軽井沢植物園の中で植物を摘んでお茶にして飲んだりしたイベントがあったような気がしますよ。
 

稲葉:30年くらい前となると、もうだいぶ前ですね!(笑) 買った方が早いという時代の中で、自然回帰へという揺り戻しもあります。そうした時代の境目の中で、みんなで薬としての薬草を育てる、ということも意義があるような気がします。何でもお金で買える時代だからこそじゃあ、自分たちで作ってみることに価値があります。「おくすりてちょう」でも「屋根のない病院」という言葉を大切にしています。軽井沢では植物や木や森の力は大きいですし、そうした力を分け与えてもらっている感覚があります。植物に光を当てて「屋根のない病院」の企画を共に考えてみたいですね。心臓の薬だとジギタリスがありますが、親近感があってキレイですし、育てたこともあります。ジギタリスも薬草でありながら毒でもあり、薬と毒が紙一重、というのは示唆的ですよね。

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干川:薬剤師と医療者、一般の方が混じって一緒に何かをやる機会というのは凄く良いですよね。感染症でなかなか人が集まれない時代ですが、だからこそ集まることに意義が深くなる気がしますね。
 

稲葉:「医心方」という日本の最古の医学書はご存知ですか。平安時代に編纂された医学百科事典のようなもので、薬師でもあり鍼博士でもあった丹波康頼が朝廷に献上したものです。江戸時代に一般の目に出てきた医学全書ですが、在野の研究者である槇佐知子さんが40年かけて現代語訳されて、それが筑摩書房から全33冊30巻で出ています。当時83歳ぐらいの槇先生とようやく連絡がとれて、槇先生に1年くらいかけて勉強会をしてもらいました。詳細に関しては、「身心変容と医療/表現 近代と伝統 先端科学と古代シャーマニズムを結ぶ身体と心の全体性 (身心変容技法シリーズ3)」日本能率協会マネジメントセンター (2021年)という本の中に、「日本最古の医書『医心方』に見る身心変容」という論文も私が書いていますので、ご興味あればぜひお読みください。「医心方」を読むと、当時の中国医学の全貌も分かるのですが、あらゆる植物を煎じた話も出てきますし、動物の内臓や骨、竈の土など、あらゆる自然物が薬にならないかと実験してきたチャレンジ精神に心底驚きました。昔の人達は、やはりこの森羅万象から薬を抽出できないかと生き延びるために真剣に考えていたんですよね。
 

干川:軽井沢は本当に多様なバックグランドを持っている方が住んでいますし、植物や木が多い土地を好んでいる方も多いとすると、そうした本草学のような薬草に興味関心がある方は潜在的に多いだろうという印象はありますよ。
 

稲葉:和漢薬もそうですし、ハーブを含めた西洋の植物などを好む方も、そうした植物を適量摂取することが健康だからされていると思います。
 

小松:以前も、一般の方で薬草に詳しい方と歩いたときにも、これも薬草、これも薬草・・・と言われて、軽井沢には薬草がたくさんあるんですよ、とおっしゃられていたのが印象的でしたね。
 

稲葉:医療者もそうした素朴なところから見返してみる必要があるのかなと思いますね。もっと自然の中から「くすり」を発見するということですね。

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小松:みなさん都会から軽井沢に来られる方は、やはり何かしらの健康を求めて、英気を養うように来られているのではと思うんですよね。自分がこういう感じになると健康なのではないか、ということを、若い人も含めて見直している時期だと思います。これだけ感染症の時代で大変な時期ですから、なおさらです。病気になるとすぐに高度な医療を求める、ということよりも、自然の生活の中で健康を見直すという原点の見直しは始まっていると思います。
 

稲葉:今も自宅療養というのが正式な医療の選択肢の一つになっていて、病院の中だけで考える発想が限界にきているのだと思います。海外では、ワクチンを薬局で一般の人が接種したりしていました。臨機応変に地域で支えていく発想に切り替えていく必要があると思いますね。薬局という場も、未来の医療では別の役割を担っていくだろうなと思います。
 

小松:今回の感染症の流行期で変化が起きましたが、薬局で抗原検査やPCR 検査が出来るようになった動きがありましたよね。わたしたちのところでも抗原検査をやっています。鼻咽頭からわたしたちが取ることまでは許可されていないので、その人自身にやってもらう形です。思った以上に多くの方が利用されていましたね。みんなが病院やクリニックに行くと通常診療もパンクしてしまいますから、ある程度分担しましょう、というのは自然な考えだと思います。
 

稲葉:新しい取り組みに対して不安はなかったですか?
 

小松:そうですね。強制ではなく、手挙げ方式だったので、真っ先に手を挙げました。その後は爆発的に感染者数が増えてしまい、国も慌てて積極的に推してきました。検査キットが入らなくなったりしたこともあって流通に関しても色々と考えさせられました。実際、内服薬で入荷しなくなったものも多くあります。どのようにして公平に配分するか、国のシステムや市町村のシステムの連携も色々と課題が多いなと改めて思いました。ワクチンも同じことが言えますね。当初は不足して大騒ぎとなり、今は余って破棄している現状もありますし。もう少し薬局に自由に任せてもらえる余地があれば、薬局と病院やクリニックが直接連絡を取りあって協力するという体制もできるのかなとは思います。規制や縛りが大きいと、積極的に取り組むことが難しいと思います。

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稲葉:夜間の救急医療体制は、地域全体で診ていく形で今後大きく変わっていくと思いますが、実際に夜間診療では、とにかく薬が欲しいという方もおられるわけで、薬に関しては薬局が分担していくという発想もあると思います。あとは、とにかく話を聞いてもらいたい、という方も夜間に来られる現状もありますし。規制が緩和されると、もう少し地域全体で受け止めていく体制に変わるのではないかと思っています。冒頭にも話したテーマで、個人の医療情報は病院のものではなく、本人のもの、という考えが一般的になれば、必ずしも病院という場ではなくても、その個人の医療データに基づいて判断できる場が増えていくのではないかと思います。依存先が一か所に集中せず、様々なところに分散していく形です。
 

小松:そうですね。今は情報が自分の所に無い、患者さんの方にはなくて、病院の中に情報があるので、どうしてもそこに行かざるを得ないという点があるんでしょうね。だからこそ分担化できないところはありそうです。
 

稲葉:「お薬手帳」も、本人が自分の状況を把握したり、自分が何の薬を飲んでいるかというデータを自分自身が把握する目的も大きかったと思います。軽井沢病院での「おくすりてちょう」は、図書館とも連携して、「ことばのくすり」「くすりのことば」を考える機会を設けたいなと思っていますよ。「くすり」を自由に考えるために。

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干川:販売は軽井沢病院さんでしかやってないんですか?

 

稲葉:今の所はそうなんです。観光客の方に対しても、軽井沢駅や、地元の文化施設でも販売できるようになるといいなとは思っていますが、まだそこまで思い切った動きはしていないです。軽井沢に訪れた人の喜びにもなり、軽井沢に住むクリエイターの方にもお金や喜びも還元される仕組みを考えたいところです。わたし宛てに、他県から購入したいという方も結構多いんです。

 

干川:「屋根のない病院」というフレーズに共感したり、そうした考え方に参加している、というだけでもすごく良いなと思います。
 

稲葉:2022年の9月に行われる山形ビエンナーレという芸術祭の芸術監督を今年も拝命しました。山形でも、「おくすりてちょう」をつくる行為を経ながら、芸術と医術とが交わる場をつくりたいなと思っていますよ。
 

干川:元々、美術や芸術との繋がりは多かったんですか?
 

稲葉:わたしが個人的に好きで、仕事ではなくずっと探求してきたところがあって、自然な形で仕事とつながってきたというところがありますね。わたし自身が、絵や音楽や舞台芸術をみて元気になるという体験をしているので、「くすり」という観点でも可能性を感じていたんですよ。
 

干川:軽井沢という町は、アートとは自然な形でフィットすると思います。心が楽になる、というのが一番ですから。

 

稲葉:「おくすりてちょう」の練習用紙につくるイメージも素晴らしいものがあって、その断片を集めてコラージュしてポスターをつくったりもしています。色々な人の多様な「いのちのイメージ」がすべて異なり、同時に存在していることが素晴らしいと思います。2022年6月26日に開催した軽井沢病院祭でも副産物としてのポスターがたくさん出来ました。町の色々な場所で展示したり、美術館でも展示できるといいなと考えています。

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干川:わたしたちの薬局に置いてある「おくすりてちょう」を持ってきました。

 

稲葉:これは一番初期の時代の作品ですね。すでに懐かしく感じます。第一弾は、「病院」のイメージを投げかけて作っていただいたのです。

 

小松:シリーズごとにテーマとイメージが変わっていくんですよね。今はまた違うイメージの作品が病院には陳列されていますよね。

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若い人たちが医療分野に挑戦したいと思う人が一人でも出てくるといいなと思っています

稲葉:わたしは美術系の大学でも講義に行くことがあります。先日は武蔵野美術大学で、その次が多摩美術大学で授業をしてきましたが、美術系の学生にこういう話をするととても喜びます。というのも、彼らも自分事や家族事として医療や福祉に興味がある方も多いのですが、美術の能力やセンスをどう連結して使えばいいのか、イメージが湧かなかった、と言われることは多いのです。やはり医療業界は閉じたイメージでもありますよね。
 

小松:自分の絵で人を元気にしたいと考えている若いアーティストはたくさんいると思います。
 

稲葉:2022年4月に「おくすりてちょう」を作り始めましたが、若い人たちが医療分野に挑戦したいと思う人が一人でも出てくるといいなと思っています。水面に出来た波紋は少しずつ遠くに伝わっていきますので、その波紋を観察している時期とも言えます。こうした感染症が流行している時代の中で、自分のいのちのこと、家族を含めて大切なひとのいのちのこと、生活圏での地域のことを真剣に冷静に考える時代なのかと思います。小さい力を集めてこの時代乗り越えていく必要があります。

 

小松:わたしも以前は病院に勤めていた時期もありますから、働き方改革を含めて、医療職の過剰負担の改善もとても重要だと思います。誰かに過剰な負担がかからないようにしながら、薬局も含めて多様な職種との効率的な連携を、患者さん中心の仕組みに組み換えられて行けばいいなと思いますね。それこそ「屋根のない病院」とすれば、医療職以外もそのことに協力していくことになるわけですし。医療は医療、介護は介護、福祉は福祉とバラバラになっているところに風を通す必要がありますね。では、その音頭を取るのは誰なのか、と言うと、誰もが現場で多忙を極めているときに、そこまでの余裕がない、という現状があります。
 

稲葉:そうですね。そうして地域の医療状況を俯瞰的に見てバランスをとってくれる地域全体の医療コーディネーターのような職業が必要なのかもしれないです。保健所などもそうした意味での存在感を示してくれてもいい部署ではあると思うのですが、どちらかと言えば、いろいろな職種をつなぐハブのような役割ですかね。
 

干川:現在の職種だと、ケアマネージャーさんが近い仕事かなと思います。ただ、ケアマネさんにお話を伺うと、医療との間に壁があると言われることもありますね。

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稲葉:敷居が高い、というのは問題ですよね。やはりお互いに余裕がないんでしょうかね。あとは、できる限り対等な関係が結べるようなチーム作りも必要ですね。

 

干川:特に医師が忙しすぎるのか、なかなかコンタクトが取れないという話はあります。

 

稲葉:そこもタスクシフトが必要な点で、持続可能な医療体制にするためにもどこかの職種の一点に負担がかからないような仕組みづくりの時期かと思います。ケアマネの方々も、本来の仕事の能力を発揮できるような状態にしたいです。ケアマネの方も業務過多で本当に疲弊しています。
 

干川:薬を飲むことが生活の一部となっている人も多いので、わたしたち薬剤師もそうした生活に貢献できるような仕事が必要かと思いますね。
 

稲葉:薬の原点は植物などの自然界の叡智をお借りする、というところにあると思います。軽井沢の植物を介してお互いの薬のこと、生活のことを考える場を考えたいと思います。今回はありがとうございました。
 

干川:はい。こちらこそ、ありがとうございました。

小松:ありがとうございました。

(文字起こし:検査科 荒井美幸、校正:院長 稲葉俊郎、庶務係 佐藤大晃)

 

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