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対話がひらく未来…「第三回 稲葉俊郎・荻原確也」

更新日:2022年06月30日

院長きょういくちょう

2022.5.18 軽井沢町 中央公民館 応接室にて対談

 

稲葉:昨年は広報かるいざわでエッセイの連載を持っていましたが、病院長という立場になり、軽井沢町を支えている方々ともっと横の連携を持ちたいと思っています。病院は幸せな生活を送るという全体像の一つの働きだと思っているからです。住みやすい町、心地よく暮らせる町の機能の一つとして地域には病院があります。東京大学医学部付属病院に在籍していた時は、大学病院が町や地域の暮らしと遠い印象があり、そのことに問題意識を持っていました。
軽井沢病院に採用となった時、軽井沢町の役場の職員という位置づけがわたしはしっくりきました。町を支える機能の一つとしての病院という位置づけであると感じました。

 

荻原:公的な病院は、本来はそういう位置づけなんでしょうね。町の行政のひとつとして医療や福祉の役割がある。それは教育も同じだと思いますね。
 

稲葉:軽井沢町の生活をよくする役割の一つとして医療に携わりたいと思っています。町の働きとしては、病院だけではなく、福祉や教育もありますし、文化活動や観光など色々なものがありますね。そういう意味でも、今回は軽井沢町の教育に関わっている方と対話をしたいと思い、軽井沢町教育長である荻原確也(おぎわら かくや)さんと対話をさせていただきます。分野が違えば行う仕事が異なるのは当然ですが、共通の部分を探していくことに意味があると思っています。2022年4月号の広報かるいざわの院長就任挨拶で、軽井沢病院をある分野において世界一にしたい、という高い目標を掲げました。世界一には、世界で唯一という意味もあり、新しいチャレンジを行うことが世界で唯一の存在と胸を張って言えるものだと思います。新しいことは医療の枠組で考えていると答えが出ないこともあり、教育や福祉を含めて、地域で生活している人たちのためになることは何か、という俯瞰的な視点から考えなおせば、何か新しい価値を生み出せるのではないかと思っています。
そうした思いもあり、今回は荻原確也さん(軽井沢町教育長)と対話をしたいと思いました。よろしくお願いします。

 

荻原:私も軽井沢町教育長という任務について3年目となります。もうあと半年で第1期の任期が終わる時期です。軽井沢町教育長では義務教育がメインのテーマになります。小中学校では、現場の校長や教頭がしっかりと自分たちの方向性を持ち、そのことを具体的に進めていくことが大切で、あまり外野が口出しすべきじゃない、というバランスは大事だと思っています。義務教育は現場中心で考え、むしろ生涯学習や文化振興のような、生涯にわたって必要な教育のことに力を入れたいという思いがありました。ただ、この数年は新型コロナ感染症の流行の中で、今まで行ってきたこと、当たり前に行えたことが何もできない状況が続いていました。

 

稲葉:こうした事態はどの分野も想定していなかったですね。学校などの教育現場も本当に大変だと思います。人が集う場で、人が集ってはいけない、という矛盾した事態なわけですから。

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荻原:実際、この2年半で今までと同じ考えではやっていけないだろうと多くの人が思っています。わたしも、この機会を今までの慣習を改めて振り返る時期にしようと思いました。これは本当に必要なのだろうか、ということですね。毎年同じことを繰り返して同じ時間を費やすのではなく、要らないものは勇気をもって不要だと判断する必要がある。何かを省いたことで得た時間や労力を、新しいことに挑戦する方向にむけていきましょうよ、と考えたんですね。

 

稲葉:はい。こうした辛い時期だからこそ、視点を未来へと向けて行くのは大事なことですよね。

 

荻原:例えば、教員も「働き方改革」に取り組む必要があります。もっと自分たちで改善できるところを考える必要があると思いますね。周りから命令されて改革するのではなくて、自分たちが進んで改革していきましょう、ということを感染症が流行する中で取り組んできましたね。
 

稲葉:「働き方改革」は、教育現場と同じで医療現場でも重要な課題です。過重労働や自己犠牲が当たり前の文化の中で、多くの医療者がプライベートな生活を投げうって仕事をしています。わたしも研修医の頃からしみついているところがあります。ただ、職場の過重労働は、個人の幸福感を失います。自分自身のウェルビーイング(Well-being)が実現されていないと、他者に強く当たったり、他者への嫌がらせ、嫉妬や憎悪も含め、お互いにいいことないと思います。わたしも、院長になって最初に掲げたテーマが「誰もが働きやすい職場を共に創る」でした。医療を提供する側が、心身共にいい状態で働かないと、いい医療を提供できないと思います。今は、心も体も余裕がないのが現状ですね。もちろん、医療も教育も、現場の労働時間を減らすと提供できるサービスの量は減りますから、社会全体で変化を受け入れていく必要もあります。お互いの立場を理解できないと実現できない課題ですね。例えば、医療現場で言えば、夜間の救急受け入れ病院を地域で限定せざるを得なくなるなど、医療者の過重な働き方を守るためには、相応の変化は必然だと思います。
 

荻原:そうですよね。教育の分野でも教員の働き方をどう充実させていくかは、待ったなしの大きな課題です。軽井沢町ではインターナショナルスクールのISAK(UWC ISAK Japan)や、私立の義務教育学校でもある軽井沢風越学園などが立て続けに出来てきた中で、公立の学校にもいい刺激になっていますね。公立には色んな制限がかかっているところもありますが、学べるいいところは大いに学ぶ必要があると思っています。私立・公立は立場が違うから関係ない、というスタンスではなく、連携や繋がりを持つ、という立ち位置は必要ですね。最初から違うので出来ません、という発想で捉えるのではなくて、こうやったらいいことができるんじゃないか、という風に捉えていく。試行錯誤をしている中で、長野県の教育委員会の協力もあり、公立の学校の先生を風越学園に研修に行ってもらっています。教員同士の交流からはじめていますね。

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稲葉:他の文化を学ぶ、というのはお互いにとっていいことですね。

 

荻原:今後もこのような人的な交流をしていきたいです。風越学園の方から軽井沢の独自の先生のコミュニティを作りたい、という提案もいただいています。Karuizawa Learning Community という仮称もついていますが、子供たちの教育や学習環境を考える前提として、やはり先生の側も変わっていく必要があると思います。時代が変化している中で、先生の側も教育のあり方を考えなおす必要があるんですね。
 

稲葉:医療も同じ課題でしょうね。時代の変化の中で、医療者側も変化に追いついていく必要があると思います。これまでのやり方を続けます、ではなく、時代の変化を見て、すこし未来を見すえながら根底の考え方を更新していく必要があると思っています。

 

荻原:先生たちの意識を変える必要がある、という点でも、強制的に変える、という発想ではなく、自主的に先生たちが学び、変化していく。そうした環境を作りたいと思っています。
 

稲葉:こうした感染症の流行期に、自分たちが行っている内容の根本を考え直す機会にもなっていると思います。学校などで言えば、そもそもその場に行かないと学べないことは何だろう、という根本的なことですよね。それは小中高だけではなく、大学という教育機関でも同じです。場に集えなくなり、オンラインで代わりの授業が行われる中で、わざわざ現地に行っていたことの本質的な意味は何だろうか、と思いますよね。友達を作るためなのか、体を動かすためなのか、家に誰もいないからなのか。学びの場の本質が突きつけられたと思いますね。海外の有名校でも、大学に行けないなら学費を返して、というデモが起きたりしていました。そうした中で、インターネットを介したオンラインでの学びの場が急速に世界中で繋がりましたね。教育の概念が大きく変わってきていると思います。教室で先生1人と生徒40人のような場の構造から出られなかった中で、場から自由になったことで、知識を得る場が教室ではなく世界へと一気に拡大しました。
 

荻原:はい、おっしゃる通りですね。以前から、「ICT(アイシーティー)」という言葉が現場で言われていました。ICTは、Information and Communication Technologyの略称です。日本語だと「情報通信技術」と訳されますが、コンピュータを単独で使うだけでなく、ネットワークを活用して情報や知識を共有することも含めた幅広い言葉です。ICTを教育に取り入れていく必要性と、そのICTを前提にした上での「GIGAスクール構想」もありました。これは、2019年12月に文部科学省から発表されたプロジェクトです。GIGAはGlobal and Innovation Gateway for Allの略で、小中学校の生徒1人に1台のパソコンを提供し、全国の学校で通信ネットワークを整備し、最適化された教育を実現する構想です。こうした前触れが2019年から言われていた中で、感染症の流行で一気にこうした動きが進んでいますね。軽井沢町は以前からタブレットを導入して、長野県内でもICT を先進的にやっていた場所だったのですが、これまで先行していた差が一気に縮まるくらい、全国の教育界で大きな動きがあります。
 

稲葉:そうした教育が当たり前になった、ということですかね。

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荻原:はい、そうです。ただ、実際に使ってみると、むしろ先生たちがついていけないところもあるわけです。まだ使い慣れてないからできなかったりする。頭の中では分かっていても、いざ本番で道具を使うとなると、世代が違うと難しい面もありますね。良い経験だと思いますよ。実践の経験が無いと、やはり頭の中だけの話になって、実践では役立ちませんからね。
 

稲葉:パソコンなどのデジタル機器は、むしろ生徒から教師が教わることも多く、そうした立場の逆転もいいことだと思います。何においても先生や大人が優れているわけではありませんから。インターネットやWebの世界で得られるものは主に頭の情報ですよね。知識や概念の世界。それは世界最先端のものを得られる環境が整ったのは素晴らしいことです。こうした時代の中で、同時に求められるのは頭だけではなく体の知恵だと思います。過酷な自然環境の中でも、身一つで生きてけるような知恵こそが、求められていくでしょうね。たとえば、軽井沢風越学園は、設立時の理念からすでにそうした時代の先を見据えていました。新しい教育の在り方を、時代も求めているのだろうと思いますね。
 

荻原:そうなんですよね。頭で考える事と、実際に体が動くことは異なります。体験を繰り返しながら、二つをうまく融合していくしかないです。さきほど、先生たちの学びの場の話がありましたが、実践でやってみないとイメージしていたものと違うわけですよね。子供たちの反応はもちろん想定外、予想を超えたものばかりなわけですから。軽井沢もこうした美しい自然環境がある中で、フィールドワークとして、外へ出て自分で感じられることを学んでいく。そうした授業や時間を出来るだけ作ってほしいと思っています。
ICTもそうですが、頭で分かっていても、それがうまく活用できない事も多いわけですね。実際に体験すると大きなギャップがある。実際にやってみることで、こんなに違うんだと気づけます。そうして知識も生きたものになっていくわけです。頭の知識と体験の双方が上手くリンクしていくために、実際にやってみることまで含めての教育だと思っています。

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稲葉:以前、東京に住んでいた時、食べ物を全てお金で購入する、というライフスタイルに限界を感じていました。2011年3月11日の東日本大震災のとき、東京では物流も止まり、不安の拡大で買い占めが起こり、陳列台からすべての食料が消えたのは驚きました。都会でこそ飢死すると思いました。わたしも軽井沢に来て塩沢で畑をチャレンジしていますが、畑仕事もやってみないと分からない事だらけですね。自然相手は理屈優先じゃないですからね。土のこと、水のこと、種のこと、発芽するまでも、発芽した後も、日々のあらゆることがやってみないとわからないことばかりです。そして、農業にも色んな農法や考え方があります。情報は山のようにありますが、何を選択してどう自分の体で実践するのかに着地します。そうしたことが学びの場になるとすれば、学校のあり方を考えなおす時期でしょうね。教室で教科書を読んで学んでいたことは、教室に行く前に終了している時代になるかもしれません。その先を学校が担う役割になるのではないかな、と。
 

荻原:そうですよね。知識として得るものと、実践や体験で得られるものをうまく合わせていく場が学校になるのだろうと思うんですよね。ただ、現状での問題点としては、大学入試が変わっていませんよね。入試をクリアしないといけないから、そのための勉強という現実がついてまわります。入試が目的で学校の先生もそこに対応しないといけない。保護者も含めて同じだと思います。そういう考え方が当たり前になって固定化され過ぎている。現状の評価方に関しての疑問を持つ必要はありますよね。

 

稲葉:はい。評価法は以前として変わってないですね。

 

荻原:また元に戻ろうとする動きが強いわけです。何か強く変えようと思って行動しない限り、また元に戻っていく気もしますね。だからこそ、こうした機会にこそ入試制度も含めた教育の評価法なども大幅に見直す時期でしょうね。諦めずに考え続ける必要があります。
 

稲葉:一般的に「元に戻ろう」とする力学は強いです。東日本大震災の後に、東京の夜は暗かったのですが、結局はまた大量に電力を消費する社会に戻った時もショックだったのを思い出します。
わたしが教育に関して思いがあるのは、若い医師や医学生、次の時代を担う医療者の教育を考えるからです。大学病院時代には、学生のゼミの顧問などもしていました。若い医療者を育てたいという思いはずっと持っています。広く言えば「いのち」の教育を多角的に行う必要があると思っています。現代医療の枠組に適応する中で未来の医療を考えるだけではなく、もっと根本的なところから新しい医療を発想していく若い世代が育ってほしいと思います。例えば、芸術や福祉や教育など異なる分野の視点から課題を解決しようという視点が大切だろうと思うのです。自由な発想で新しい医療にチャレンジする若い人たちの芽を摘みたくないと思います。軽井沢も、「自然」を中心に据えてきた場の中で、人工物ではなく自然としての人間を見直す場になれるのではないかと思っています。


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荻原:軽井沢でも医師不足がずっと続いていました。私が総合政策課にいた時に、丸橋昌太郎教授(信州大学社会基盤研究所)や藤田敏郎先生(東京大学名誉教授、軽井沢病院名誉院長)を中心として、2020年6月に信州大学社会基盤研究センター・東京大学先端科学技術研究センター・軽井沢町とが連携協定を結び、医療をはじめとする地域課題の解決に向けて調査・研究する講座を開設しようとする動きがありました。今やらなければ何も進まないだろう、というところから思い切って動き始めたところがありました。そうした動きの中で、稲葉先生も軽井沢病院に来ていただくことになり、総合診療科も確立しながら軽井沢病院の形も変わりつつあるのかな、と思っているんですよね。
 

稲葉:はい、そうですね。場には新しい力学が働かないと、惰性で動いていってしまう側面はありますね。新しい風が吹くことが大事かと思います。

 

荻原:若い医師がどう育っていくのか、育っていける環境を作れるのか、ということを、地域の病院のレベルでそこまで行うのも大変だとは思いますが、一方で、そうした地域の病院が出てくることで、全国的にもモデルとなりうる病院にもなるとは思いますね。町も先進的な動きをしっかり宣伝することで、また多くの新しい考えを持った魅力的な先生たちも来てくれるようになりそうです。
 

稲葉:はい、そうですね。ただ指をくわえて待っているだけではなく、魅力や特色をもっと深堀して、さらに色々な方法で発信して伝えていく努力も必要かと思います。こうした対話のプロセスも、創造のプロセスの一環だと思っています。

 

 荻原:学校の先生たちが抱えている課題も同じような局面だと思いますね。さきほどお伝えした軽井沢でのLearning Communityという場も、狭い世界で完結するのではなくて、参加する先生たちも自ら学んでいく仕組みであったり、コミュニティ自体を運営しながら自分たちで動いていける仕組みをどう作っていけるのか、ということも大事です。最初は色々な働きかけが必要でも、その後は自立して維持していけるチームが出来ればいいなと思っています。理想は100%の形では実現できないかもしれませんが、やってみなければ先へは進めないと思います。

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新しい場を共に考える努力を続けたい

稲葉:学校現場の先生たちの動きを聞いてすごく勇気づけられます。軽井沢病院にいい医療者を集めたい、地元に根付く医療者を探したい、など色々な課題があり、色々な解決方法があると思います。長期的な視点で見たときに自然のあり方は、この軽井沢町で幼少期から育った人たちが、町に対して誇りと愛情を持つ中で医療者を目指し、地元の医療を支えたいと思い地元に戻って来る流れが生まれることだと思います。それは医療職以外でも同様ではないかと思うんですね。そうした地元の人と外部の人とがいい形で化学反応を起こし成長していくことが持続的で発展的なあり方ではないかと思います。
地元の小中学生や高校生の方たちに、病院には行きたくない、という悪いイメージではなく、もっといいイメージを持ってほしいし、そうした新しい場を共に考える努力を続けたいと思いますね。

 

荻原:確かに、病院はあまり行きたくない場というイメージは強いかもしれませんね。(笑)

 

稲葉:むしろ病院という概念を、あなたたちの若い世代が拡張させて自由にする、というイメージを持っていただきたいんですね。固定観念を持たずに。自由な発想で医療に興味を持ってもらい、次の世代の導き手となって20年後や30年後にこの病院で活躍できる場を整えていく、というイメージを私は持っています。そうした意味でも、地元の子供たちにも人間の命のこと、体や心のこと、実際にどういう働きを持ち、どういう時に不調となり、そして回復するのか、ということを共に学べる場をつくりたいですね。そうしたことは、教育現場で言えば、いじめの問題を解決することにも繋がってくると思っています。
 

荻原:いじめの問題は、昔から解決できていない根深い問題ですね。そこと今の医療の話とどういうつながりがあるんでしょうか。

 

稲葉:例えば、人に何か否定的な言葉を発したとします。その言葉が、自分自身に対してどういう影響があり、相手の心の中にどういう影響を与えるのか、ということを考える上で、やはり心の働きを知っている必要があります。それは私の中で医療的な観点です。倫理やルールの問題にするのではなく、その根本の原理原則が分かるためには、心の働きが理解できている必要があります。人間の心のメカニズムを学ぶ機会はないですよね。善意であれ悪意であれ、ある言葉に対して、心はどういう傷を負い、どのようなプロセスを経て心は回復しようとするのか。心が治癒していくプロセスはどういうものなのか。そうしたことを誰もが学ぶ必要があると思うんです。言葉の応酬が多い昨今の現状では緊急性のある課題だと思っています。そうした心の視点で物事を考えられることで、相手にこういう言葉を投げかけたらなぜよくないのか、とか、お互いにとって言葉のやり取りはどういうものが理想なのか、など、わたしたちが共に学んでいけると思います。
 

荻原:はい。本当におっしゃる通りですね。心のことなんて、学校で学ぶことありませんね。そういうことは止めなさい、という禁止のルールはあっても、そのルールを理解できない人にとっては、ただ反発するだけで終わってしまいますよね。

 

稲葉:教育の文脈も大事ですが、わたしは医療的な文脈で考えてみたいと思うんですね。人間の心を理解することで、私たちがどういう交流をすれば良いかが理解できると思います。医療者の側も、そうした医療の文脈で、心の反応としてコミュニケーションを再学習していく必要があると思っています。医療者は医療のプロとしての自覚を持ちながら、言葉は心にどういう影響を与えるのか、そうした観点で言葉のやりとりを考えていく。職場のムード、いじめやパワハラが起きる構造を考えると、やはり無意識に行っている言葉のやり取りから考えていく必要があるというのが私の印象です。そうしたことは、幼少期からの教育のテーマでもあると思うのですが、そうした教育を受けていないからこそ、大人になってコミュニケーションでの不具合が起こるのではないかと思うんですよね。
 

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荻原:確かに、そうしたことは、誰にも共通することで、教育現場でこそ学ぶべき事柄なのかもしれませんね。

 

稲葉:悪口やいじめは、悪いからやめなさい、ではなく、人間の心、それは相手だけではなく自分自身の心もそうですが、心を視点に考えた時に良質な言葉を考えていくことが、本当の意味でのコミュニケーションの理解なのかなと思っています。
 

荻原:そうですね。今の子供たちも本当にいろんな課題を抱えていると思います。現場の話を見聞きして感じるところは、子供たちだけの話ではなくて、保護者や家族も含めての話になるんですよね。そうした時にもやはり学校や教育委員会だけでは対応しきれない部分がどうしても出てきます。稲葉先生がおっしゃった通り、医療的な視点からも本人、個人だけではなく、周りの関係者を含めて対応できる体制がないと、踏み込めない部分がどうしても出てくるんですね。そうした意味での連携もきっと必要なんだろうと思いますね。特別支援の子供たちも非常に増えてきている現状の中で、不登校の課題も、もっと広い視野で捉えていく必要があると思いますね。きっと今まで考えていなかった対応の中で改善するケースもあるのだろうな、と思います。
 

稲葉:心の視点で見た教育とはどういうものか、自傷行為や自死などもそうした観点で考えてみる課題だと思うんですね。やはり当事者が理解することが大切だと思うんです。医療分野での当事者研究というのはそうした流れの一つです。次の世代を担う方々には、人間のことを深く理解した上で、人間の面白さや豊かさを学んでほしいと思います。例えば傷ついて困っている人がいたら、その人をどういう形で元気にできるのか、それは医療者だけではなく誰もが掘り下げていいテーマだと思うんですね。その中でプロフェッショナルな役割として医療職が存在しているわけですから。そうした立場に立てば、飲食店でも宿泊業でも、役場の職員でも、同じ思いは共有できると思うんです。そして、この住んでいる町に貢献したいという人が一人でも増える事で、病院も持続可能ないい場になっていく。この職場で働くことに誇りを持てる場にする。それは遠周りのようで、一番の近道で着実な方法だと思っています。
 

「まずやってみよう」というアクションが何事にも大事

荻原:町の教育委員会は、基本的には義務教育の部分をカバーしていますが、教育では高校も大事な部分ですね。軽井沢高校の中にも、軽井沢町学習センターという公設塾を2019年に設けて地元の高校を盛り上げようとしています。放課後の学び場であり、軽井沢高校魅力化推進プロジェクトとしても行っています。そうしたことは本来、県単位でやるべきものではないかと言われたこともありますが、長野県が主体になるよりも、やはり地元が主体で高校を盛り上げたいというところから始まっています。2022年4月から、軽井沢町総合政策課の軽井沢高校魅力化支援係の職員もこの学習センターに関わっています。教育委員会という枠を越えて行っている実践になっています。義務教育だけではなく、その先へどう繋げられるか、ということも考える必要があると思っているんですよね。「軽井沢」という名前がついた高校があるのは、当然のような気がしていても、とても大事なことだと思います。こうしたことは一朝一夕でどうにかなるものではないのですが、長い目で見る必要があります。ちょっと手を差し伸べる、ちょっとした支援によって、全く違うものへと化けていく可能性を秘めているものもあると思うんですね。今、稲葉先生がおっしゃったような、地元の人が地元のために働きたいと思うことは医療分野に限らない話ですが、そうした形が作れればいいなと思っています。ただ、理想や希望を掲げながらも、やはりやってみないことには分からないことも多いのです。「まずやってみよう」というアクションが何事にも大事ですね。何か一つでも先へ進みたいと思っています。

 

稲葉:そうした挑戦の歩みを止めない姿勢は本当に共感します。現状維持でいいものと、現状を打破する必要があるものは見極める必要がありますから。わたしも、学生の教育に積極的に関わる中で、自分自身の学びや気づきも多いのです。先日は武蔵野美術大学で社会造形論という授業を行いましたし、多摩美術大学でテキスタイルを専門にする学生さんと対面で授業も行いました。山形の東北芸術工科大学でもオンラインで授業を行うこともあります。
 

荻原:山形ビエンナーレの芸術監督もされていましたよね。
 

稲葉:若い方々と話すと、世代としては20年か30年くらい違うんですが、やはり感性が全く違うなと、いい意味で思います。初期設定が先に進んでいると思うんですね。インターネットや画像や動画など、国境のない世界が最初から開かれていて、考えが開かれている基礎にもなっています。若い人たちと話すたびに、やはり良い未来を渡したいなという思いが強くなります。もちろん、日々自分の子どもと接していても思いますが、教育の場に立つことで、より強く責任感を感じるところがありますね。
学生の時代は可能性が無限に開かれている時代です。ただ、そうした可能性を潰すのも大人だったりします。長い時間をかけて開花させるのも大人の役割です。学校で学んでいる方々が、後の人生に長く響いていくような、魂を貫く体験があると素晴らしいなと思います。若い方々が軽井沢町の未来を背負う存在だと心の底から思っています。軽井沢病院という場も、数十年後のイメージを重ね合わせながら、知識では得られない体験や経験を学ぶ場としても病院が存在するといいなと思います。実際、教育は現場のスタッフにとってもいい刺激になるはずだと思うんですね。自分たちの初心を思い出す機会として、なぜ医療業界に入ろうと思ったのか、と。そうした初心や原点を見直すことが自然に起きることが、ズレを補正するために必要だと思います。人間関係は固定化して膠着するものですから。学生さんたちの新鮮な視点が、わたしたちの職場をよくする刺激にもなるだろうと思います。 

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荻原:軽井沢高校の魅力化の一環として行なっている軽井沢町学習センターは、今まで教育委員会で関わってきましたが、今年度からは総合政策課の町の事業となりました。こうしたことも町が教育をどう考えるか、という姿勢にもつながるかと思います。ただそう言っても、教育委員会が関わらない、という意味ではないんです。何らかの繋がりは保ちながら、どう次へとつなげていくことを考えています。
学生が病院の実地で学びに行くということはいいなと思います。可能性があることに関しては、最初からこんな事やっても無駄だ、という考え方ではなく、完璧を目指さず、まずやってみる中で適時補正しながら考えていく姿勢が大事だと思うんですね。少しでも可能性のある事をやってみたいと思っています。

 

稲葉:異なる世界に橋を架けて対話を起こさないと、壁で張り巡らされた世界になります。お互いが歩み寄ってみた時に、どこがお互いを繋ぐ通路になるのか、それは実際に反応を起こしてみないと分からないですね。思いがけない人が、その異なる世界をつなぐ重要な役割を果たすこともありますから。事前に考えていたものとまったく違う形で結びつく、ということが起こりえると思います。
 

荻原:まったく思わぬ予想外のところに突破口が生まれたり、結びつきが出てくるところはありますよね。
 

稲葉:そうしたことにわたしもチャレンジしたいなと思っています。「おくすりてちょう」を作ったのも、そうして橋を架けて行く挑戦のひとつです。病院祭でもワークショップとして取り入れることを考えています。「自分にとっての薬は何だろう」と考え直す機会にしたいんですね。本を読んでいて、すごくいいフレーズや文章があったら、写真に撮ったり思わず抜き書きをしますよね。それは、「自分にとっての薬だから」ではないでしょうか。抜き書きした言葉を何度も受け取り直したいと無意識に思っているからだと思うんですよね。


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荻原:そうですね。何かこう思い出したいな、忘れたくないな、と思うからメモするわけですよね。そもそも、なぜ思い出したい、と思ったのかを考えてみると、その時に受けた感動をもう一度追体験したいと思っているのかもしれませんね。それは確かに自分への薬なのかもしれません。

 

稲葉:自分にとっての薬は何か、は、誰もが本能的に知っているんじゃないかと思うんですよ。それは動物としての生存本能のようなもので。
 

荻原:はい。その言葉自体をちょっとメモしておきたいです(笑)。でも、そういうことですよね。忘れないようにメモする。もう一度読み返したいと思ってメモすることは、ただの知識だけではない別の目的があるんでしょうね。

 

稲葉:ある文章をちょっと見るだけで、ぱっと嫌な事を忘れられる、気持ちが切り替わる、みたいなことありますよね。そうした出来事も含めて、わたしは「くすり」の概念を拡張させたいと思っています。そうした事を当たり前のように子供たちも一緒に考えて欲しいなと思います。お互いの優しさを育むいい機会になると思います。
 

荻原:そうですね。子供たちのアイディアや発想は本当に自由で面白いですからね。大人が思っていることと全く違う発想をして、刺激を受けると思いますね。

「薬の言葉」「言葉の薬」

稲葉:今はLineやTwitter含めて、SNSでは言葉のやりとりがすごく増えていますよね。言葉は本当に薬にも毒にもなると思っています。人を絶望から救う言葉もあれば、人を自死に追い込むような言葉もあります。私達が日常的に使ってる言葉を「薬」と捉えて深めてほしいんです。「薬としての言葉」を深めれば深めるほど、自分自身も周囲も、そして世界をも平和にできる力があると思います。
 

荻原:いやいや、まさに良い言葉を聞かせていただいたと思っています。そうした発想はなかったですね。

 

稲葉:若い世代が薬になる言葉をつかいはじめれば、今の職場もコミュニケーション手段としての言葉や感情の使い方を再学習する機会になると思います。無自覚に使っていた言葉が刃となり人を傷つける場合もあり得るわけです。薬の言葉、言葉の薬は、自分自身で発見していってほしいものですね。職場でのわたしの役割は、そうした環境整備かなと思っています。強制や命令ではなく、自然に気づける土壌を耕していく。それは生涯教育のようなものですよね。
 

荻原:中学生や高校生の頃からそうしたことを学んでいくことは、本当に重要だな、と思いますね。結局は自分自身のためでもありますしね。
 

稲葉:まだ社会に出てきていない人たちの方が、よっぽど医療や福祉、薬も含めて、より自由で開かれた考えを持っているはずだと思います。専門職になればなるほど考えが限定されていくのは仕方がありません。病院の機能として処方箋が出る、手術ができる、というのはもちろんですが、話す言葉も薬の一環ではないか、病院の環境自体も薬の一環ではないか、ということに思いを向けて行く。そうした自由な発想を、子どもたちの力を借りることで私達が学ぶこともたくさんあると思います。
 

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荻原:この「おくすりてちょう」は軽井沢のRATTA RATTARRさんが関われていますよね。以前、群馬県の草津温泉で片岡鶴太郎美術館に立ち寄ったろき、ショップに素敵なデザインのハンカチや靴下を見かけて、ラベルを見てたら軽井沢町って書いてあって驚いたんです。まさか草津温泉で軽井沢の文字を見かけるとは予想もしていなかったものですから。RATTA RATTARRさんの取り組みが、「おくすりてちょう」とも関係していると知って、すごく新しいあり方だな、と思ったんですよね。私も「おくすりてちょう」は注文しましたよ(笑)
 

稲葉:それは嬉しいです。ありがとうございます。医療とアートと福祉は異なるジャンルですが、お互いの歩み寄りがない限り、交わっていかないわけですよね。そうしてまず交わる場を考える。次に、それぞれが対等で出会えるような場を考える。こうしたことをずっと考え続けてきたのです。対等に出会える場は、別に建物や空間ではなくても、こうした物体というか、製品やプロダクトの場で対等に出会える場を設定できるのではないかと考えを深めていったんです。
 

荻原:そういう発想は素晴らしいですね。
 

稲葉:そういう考えの中で、医療と教育が対等に出会える場は何だろう、とも思うんですね。そこにアートのような自由になれる潤滑油も必要かもしれません。交わる場ができることで、化学反応が起こる容器になります。停滞せずにエネルギーが循環するようなイメージを大切にしたいですね。
 

荻原:形として存在していると具体的で実感が持てますね。ただ全部が合体するという単純な話ではなくて、一つの場を作ることでそれぞれが何かを持ち寄ることができるようになる。まさに教育の現場でもそうした工夫が必要だと思いますね。アイディアを出す場やきっかけが必要です。子供たちは本当に発想力がすごいと思います。何か一つのきっかけで一気に発想力や想像力が広がり、そして世界も広がる現場を何度も目撃してきました。子どもを中心として、周りにとっても良いものを考えていく。みんなで楽しめてみんなで使える何かが発見される中で、大きく花開いていく場合もある。教育現場が求めていることと、医療の世界とがうまく交わり合うような場を工夫して考えていきたいですね。
 

稲葉:私も教育の現場に顔を出しながら、若い世代の感性やムードのようなものを感じ取りたいと思います。次の世代の求めているものをしっかりと受け取りながら、未来に残していくものは、どういう形がいいのかと探していきたいです。それは結局、病院のためだけではなく、この町で暮らす人の為にもなると思っています。軽井沢での挑戦が他の自治体にもつながればいいです。病院が学校と一緒にできること、「いのちの学校」でしょうか。希望が持てて、面白いと思える事を考えていきたいと思っています。今回は貴重なお時間を割いて対話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 

荻原:こちらこそありがとうございました。ぜひ、またよろしくお願いしたいと思います。

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(文字起こし:検査科 荒井美幸、校正:院長 稲葉俊郎、庶務係 佐藤大晃)

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